【MV備忘録】 槇原敬之「Hungry Spider」誰も知らないここだけの話

TikTokで作品を載せるようになってから反響が大きかった槇原敬之さんの「Hungry Spider」のMV(1999年にSME Recordsより制作依頼があり22枚目のシングルのMVとして演出した)について書こうと思います。

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初顔合わせ

「初めまして!よろしくお願いします!」初顔合わせは世田谷のレコーディングスタジオで、レコーディングを抜け出して満面の笑みで現れた槇原さんは無垢で無邪気なミュージシャンという印象だった。その時彼は楽曲の楽器編成を熱く語っていて、ほぼ映像の話にはならず終始笑顔で音楽の話題で終わった。本当に音楽を愛してるんだな。は伝わってきた。

悩む企画

その後、資料で楽曲やCDジャケットプランを持ち帰った僕は企画作業に入った。

楽曲を聴いてまず僕を悩ませたのは歌詞の描写が詳細でシーンが浮かんでしまうことだった。そしてどこか妖艶で怪しい雰囲気。これをこのまま槇原さんの優しい印象のまま歌うシーンを撮ったら成立しないのではないか。

そこでこの楽曲の主人公の本音を探すことにした。歌詞のストーリーは巣にかかった美しい蝶を食べるか逃がすかで葛藤するお腹をすかした蜘蛛の話だが最終的には逃がすことにする。男と女の駆け引き、男の下心、女の「助けて」のささやき、エロティックな二人の関係を描いてる。でも本音だろうか?我慢を美学とする歌なのだろうか?2度目に巣にかかったら我慢できるのだろうか?バチバチと妄想が弾けまくる!

「Hungry Spider」歌詞

今日も腹を減らして一匹の蜘が
八つの青い葉に糸をかける
ある朝 露に光る巣を見つけ
きれいと笑ったあの子のため
やっかいな相手を好きになった
彼はその巣で獲物を捕まえる
例えば空を美しく飛ぶ
あの子のような蝶を捕まえる
朝露が乾いた細い網に
ぼんやりしてあの子が
捕まってしまわぬように
I'm a hungry spider
you're a beautiful butterfly
叶わないとこの恋を捨てるなら
この巣にかかる愛だけを食べて
あの子を逃がすと誓おう
今日も腹を減らして一匹の蜘が
八つの青い葉に糸をかけた
その夜 月に光る巣になにか
もがく様な陰を見つけた
やっかいなものが巣にかかった
星の様な粉をまくその羽根
おびえないように闇を纏わせた
夜に礼も言わず駆け寄る
今すぐ助けると言うより先に
震えた声であの子が
「助けて」と繰り返す
I'm a hungry spider
you're a beautiful butterfly
叶わないならこの恋いを捨てて
罠にかかるすべてを食べれば
傷つかないのだろうか
何も言わず逃げるように
飛び去る姿さえ美しいなら
今死んで永遠にしようか
I'm a hungry spider
you're a beautiful butterfly
叶わないとこの恋を捨てるより
この巣にかかる愛だけを食べて
あの子を逃がした

悩んだ僕の出した答えは2点だった。

①建前と本音の二面性を映像化する。

建前が現実の世界なら本音にある狂気さを時折カットバックで表現してみる。それは短く飛び込んできても残る刺激的なシーンでなくてはならない。心の可視化をやってみる。

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②ストーリーテリングしている設定を作る。

完璧な描写を歌っていてもどこか人ごとであるような、優しくストーリーテリングをしてるような、楽曲の世界と槙原さんとの距離感が伝わる設定で紙芝居を思いついた。その世界はカットバックしてくる狂気さとの対比のためその設定以外の要素は要らない。白い世界にバンドセクションを配置した。

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そして紙芝居の世界は妖艶で怪しい雰囲気の絵にしたくて、子供の頃によく読んでいた江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズの表紙のテイストで美術に発注。狙い通りのクオリティ。

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紙芝居を見ている女の子にセリフはないので、表情で心の中を表現しなくてはならず、演技力があり尚且つ過度な色気のない(生々しさが邪魔になる気がしたから)人を選んだ。

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永遠ループ

最後にこの映像はこの先にも何回も繰り返す男と女の駆け引きを表現するために永遠にループするような仕掛けにしたかった。歌詞の結末が映像の結末でなく本音を隠して距離を詰めてくる男を見抜いて撃ち殺す。でもまた繰り返すファンタジー

いざ撮影

企画内容に賛同してもらい撮影は順調だった。千葉にあったドーム型の撮影スタジオ(床から天井まで真っ白に塗ってある)で深夜までかかったが、バックミュージシャン達との雰囲気の良さと終始笑顔が絶えない現場だった。本音の世界の妖しい表現では槙原さんは本当にいい表情をしてくれた。銃で撃たれる表現はある映画の芝居を参考にして、槇原さんには「操り人形の糸が突然切れたように倒れたい」と要求した。仕掛け屋に頼んで血の飛び散るシーンもリアルに撮影した。

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最後に

槇原さんの作品では異色の楽曲だけど大好きな楽曲です。そしてMVとしては楽曲と槙原さんとの絶妙な距離感を維持した作品に仕上がっていると思います。現在は公式として全編観ることはできないのが残念ですが、いつかその日が来ることを望んでいる大切な作品です。